カタルーニャの独立のシナリオ

カタルーニャの独立のシナリオ

2017/10/12風景をかんがえる

カタルーニャとスペインとのまなざしはまるで違う方向を向いていて、今のところ交わることはない。
昨夜のプチダモン州知事のスピーチでは、「独立する」という明確な言葉ではなく、「我々は独立する権利を手にしている」と注意深く言葉を選んでいたのが巧みだった。
“カタルーニャは数百年間、対話する相手がおらず、そして今も居ない。我々は対話がしたいだけなのだが、誰とすればいいのか。独立宣言は先延ばしにするので、対話が出来ないか?”
というような内容だった。
それに対してスペイン中央政府は以前のごとくなしのつぶてだ。
The guardian の記事によると、スペインのラホイ首相は「それで、結局昨夜のスピーチで彼らは独立宣言をしたのかしてないのかどちらだ?」という意見を述べているとのこと。
宣言していれば違法で逮捕。していなくても違法で逮捕。どちらの逮捕をして欲しいのかということだろう。
中央政府の主張は一貫して”カタルーニャはスペインの法の下で国民投票を行なっていないので話すに値しない。何にしてもこれまでのことは違法なのでそれなりの処罰をする。”というスタンスを取っている。
両方とも”民主主義”の元だと主張するのだが、その解釈が違っているのだ。カタルーニャに住む住民の民意をもって民主主義というのか。それともスペイン国で定められた憲法の遵守を、もって民主主義というのか。彼らのリアリティは異なる。いずれにしても国家という枠組みがそろそろ限界に来ている兆しだ。

11月に出す著書にも書いたが、同じ民主主義というシステムの中で、それぞれ違う空想の中で生きている。その「空想系」を壊さないために生存と防衛の本能を働かせている。個人の存続とは別に、一度形成されたシステムは存続を求める方向で働く。
それにしても興味深かったのは、昨夜、州の議事堂の中にプレスで入っていた友人のジャーナリストの話だ。議事堂の中の政治家たちの空気と外の民衆の空気がまるで違うと感じたようだ。
議事堂の中は終始和やかで、穏やかな空気であったことに対して、外の人々はかなり感情的で興奮していたのがまるで劇場のようだったという。政治家たちの心中もおそらくは穏やかなものではないだろうが、それを何事もないように振る舞うことで何とか調和を保っているのだろう。
しかし焚き付けられた民衆はそんな大人を演じるのとは逆にヒステリックになっている。
実際プチダモン州知事がクリアに独立について宣言せずスピーチを終えたことに対して、独立主義者達からは落胆の声がいくつも上がっていたと報道されている。
このまま独立宣言をせずに居ればプチダモン自体も危ないかもしれない。
同じ独立という中でも空想系が異なるのだ。
その中でどうやって調和を導いていくのかは難しい。
興奮した民衆に袋叩きに合わなかったとしても、プチダモンには独立宣言しか選択がないという受け止め方も出来る。
対話を拒むスペイン政府側からするといずれにしても逮捕しかない。彼がもし独立宣言したとすれば、湾内に待機しているマドリッドから送り込んだ警官隊によって即効で逮捕。もししなかったとしてもこれまでの違法行為に対して逮捕して、憲法155条を適応しカタルーニャ自治権を奪うかもしれない。
だからどちらにせよスペインの法律内で裁くという事から逃れるためには独立して独自の法律を立てるしかないということになる。
こうなることは分かっていたので、僕自身は9月にコソボに出向いてどういう状況かを確認してきた。
2008年にセルビアから独立宣言をしたコソボは先に内戦を経ているが、今回は逆の可能性も考えられる。宣言をしたことで内戦になるという恐ろしい可能性だが、全くあり得ない訳ではないかもしれない。
EUは内政には関与しないスタンスを今はとっているが、それもとまうなるかは分かるまい。彼らにとってはブレグジット以降、他人事ではない。カタルーニャが宣言すれば、ベネトやバイエルンも続く可能性も控えている。それは避けたいところだろう。
一方でEU解体を虎視眈々と狙っているのはロシアだというのは言うまでもない。アサンジのツイートは常にカタルーニャサイドだ。これは推して知るべしだろう。
モンテネグロ条約の第1条をクリアしないと独立はできないが、このままではスペイン政府との交渉などあり得ないだろう。内戦にはならなくても、台湾やコソボのように独立宣言はするが、国家として国際社会が承認しないというケースが可能性としては高いだろうか。
世界には4000から5000ぐらいの民族が居て、それに対して200そこそこしか国家がないので、必然的にこういうことはこれから起こってくるだろう。 
近代国家という空想自体がある意味では限界に来ているとも受け取れるが、まだまだ民族、言語、国家、アイデンティティという括りは人々にとって有効なのだろう。
企業が続々とカタルーニャから離れる準備をしているようだが、独立した後の経済戦略についてはどうなるのか。
観光産業は大きいが、おそらくそれだけでは賄えないだろう。カリブ諸国や近くのアンドラ公国のようなタックスヘイブンという可能性もあるかもしれない。
しかし独立派からもその後の話はついぞ聞かないのは、独立を目的にしたアイデンティティ問題だからだろう。問題は独立後に本当に豊かになるのかどうかだが、そこまで想像力が及んでいるのかどうか。
スペイン国内に残るにしても、コソボのように大幅に自治権が縮小されてさらに苦しい立場になる可能性は高い。
そうなるとやはり独立戦争となるかもしれない。人道的支援とか色んな理由をつけてNATOとロシアが入って来て、それぞれの利のために戦場になるという悲観的な予想はしたくないが、コソボを見ているだけに非現実なシナリオだとも思えない。単なる杞憂や僕自身の中での妄想で済めばと望む。