「やわらかい空間」

「やわらかい空間」

2017/10/29firstview風景をつくる

「やわらかい空間」
(第7回アジア・太平洋地域エイズ国際会議 文化プログラムkavcaap2005「HIV/エイズ-未来のドキュメント」展示会場デザイン)<2005年>

ー患者が最後に見るのはおそらくこうした風景ではないかー

 

6月の終わりから7月の頭にかけて、神戸国際会議場でエイズについての国際会議が行われた。
それに合わせて6月30日から7月3日までの4日間。
神戸アートビレッジセンター(kavc)で『kavcaap2005』というアートイベントが行われた。
そのメイン展覧会の会場デザインをしたことがある。

この国際会議は「アートの分野からエイズについての必要な情報とインパクトを伝えること、予防/治療/ケアへの理解と関心を深めること」をテーマにしている。
その文化プログラムとして関西在住のアーティストやNGO活動家、専門家が加わりこのイベントを行う。アートマネジメントを学ぶインターンの学生などが中心となって企画・運営する手作りのイベントだ。
ぼくが参加したkavcaap2005で3年目になるそうだ。
『kavcaap2005未来のドキュメント』と名付けられていた。

国際会議に合わせて、こちらのイベントも国際的な内容になっている。
総合プロデュースを勤めていたのは、京都のパフォーミグアート集団の「ダムタイプ」のメンバーでもあったアーティスト、ブブ・ド・ラ・マドレーヌ氏である。
ダムタイプの作品『S/N』や同じくダムタイプのメンバーであった高峰格氏の作品『木村さん』などの国内作品ばかりではなく、インドやタイなどの映像作品も出品されている作家が出展する国際展であった。
日本のアートはもちろん、エイズについてのインドの映画、タイの映画、ウガンダ、ブラジルの映像など。様々な国からの出品がされていた。
映像作品が主なのだが、イベントの開催期間はアジア屋台が出たり、トークイベントやステージもある。

「やわらかい空間」

そんな中で、展示空間のデザインをまかされることになったのだ。
ぼくは当時大阪大学コミュニケーションデザインセンター(CSCD)で教員をしていた。
CSCDは共催という形で関わるため、同僚たちと一緒に私もイベントに携わる。
今まで、エイズについて考えたこともなかった私はデザインのコンセプトを対話の中で拾い集めた。

エイズやセクシャルマイノリティの問題が表現された作品が集まる。
しかも国も言語も違う6組のアーティストによる7つの展示というプログラムを受け止めねばならない。
エイズは一人一人が向き合わなければならないとてもプライベートな問題である。
それと同時に、誰かとの関係性の中で感染する病気でもある。
それは誰もが当事者となる可能性を帯びているともいえる。
つまり個人の問題は個人では終わらずに、全体の問題とつながりを持っているのだ。
個と全体がどのように関係していくのかがコンセプトになるのではないかと考えた。

今回の展示も、それぞれの展示で伝えられるメッセージは一つ一つが強い個性を持っている。
しかしそれは個別ではなく、一つの大きな問題意識でつながれていることが見えてくる。
そのことを空間の上でも表現するべきだろうと考えた。
同時に、情緒や感情的な抑揚を持った空間演出はエイズについての誤解を招く可能性がある。
淡々と情報と内容だけが見えてくるシンプルな風景の方がリアルにメッセージだけが伝わる。
当日、展示ギャラリーの横ではカフェスペースやステージがあって、かなり騒々しい状態が予想される。一方でギャラリーの方では作品や自分の問題と静かに向き合う時間が求められる。
その処理をせねばならない。

しかし展示空間を固いパーティションで賑やかなオープンスペースから隔離する方法は取りたくなかった。
展示を見る内省的な時間を切り離すことはエイズの問題を社会から隠蔽しているように思えたからだ。
社会から隠蔽されないこと。
隔離されないこと。
他者の気配をどこかで感じる中で、自分とじっくり向き合うこと。
そんな区切られながらも緩やかにつながれているような空間が生み出せないかと考えた。

だからこの時に目指していたのは柔らかく区切られた空間を作ることだった。
完全に遮断した内省的な空間ではなく、緩やかにつながれている状態。
そしてギャラリー内につくる7つの空間も独立しつつも関係性を持った状態を生み出したかった。

そこで一枚の長い布によって空間を大きく一つにつなぎながら分割する方法を考えた。
布というプライベートかつ社会的な素材。
清潔感を持った抽象的な素材。
そんな素材で空間を包んでいく。
展示はその空間に「貼られる」のではなく、空間そのものをつくる布に「刷り込まれ」る。
その方がメッセージだけが伝わる純粋さが保てるのではないかと考えた。

素材はたった一枚の布だが幅が3mで長さが80mの大きなものだ。
現場での取り回しがうまくいくのかどうかが心配だったので、何度も調整しながら現場でのテストピースを天井から吊って確かめる。
空間のバランスがどこかおかしいので、少しワイヤーの長さを調整して5センチ下げる。
すると今度は平行がおかしいので少し吊り方を変えてみる。
Kavcのスタッフと一緒にこうした作業が連日行われた。
今回のような素材が一つしかないようなデザインほどノイズを許さない。
だから1mmのディテールが全体の空気感を支えるという緊張感がある。
展示された内容だけにじっくり向き合えるように、余計な突起を一切排除し、白い布にシルクスクリーンで直接文字を印刷していく手法を選んだ。
しかしこれが大変な作業だった。
一枚の布のため一回の印刷で失敗すると80m全てアウトになる。
しかも全て真っ白の布なので一点の汚れも許されない。
シルクスクリーン印刷なので、装置を固定した布の下へくぐらせる必要がある。
細心の注意を払って布を取り扱わないといけないので、現場には緊張感がほとぼしる。
しかも布は当初考えていたよりもやっかいな代物だった。
少し引っ張ると伸びてしまうので、平気で1センチや2センチのズレが生まれる。
よほど注意して行ったとしても、水平や垂直のラインはいとも簡単に崩れる。
そんな制作の苦労の結果、柔らかい空間が出来上がった。
80mの一枚の布は、どこか一部分を引っ張ると全体に影響が及ぶ。
布のパーティションに触れると別の場所も揺れるという効果を生み出したかった。
それはエイズと社会とのメタファーになりうるのではないかと考えたからだ。
個人的な関係から感染したエイズの問題は、実は誰もが当事者になりうる可能性を秘めている。
部分は全体とは無関係ではないのだ。
もう一つ布という素材を選択した理由がある。
それは病室のカーテンのイメージを導けないかと考えたからだ。
エイズで亡くなってしまう患者が最後に見るのはおそらくこうした風景ではないか。
それを追体験できるような空間にしたかった。
柔らかい布で仕切られた空間なので、裏側の展示を見ている人の動きは布に伝わる。
また白い布なので後ろに人が立つと影がうっすらと見える。
こうして人の気配がパーティションそのものを通して伝わって来る。
顔の見えない誰かの存在の気配を感じ取る空間自体がエイズの問題のメタファーとならないかと考えた。
社会を見渡しても直接的には見えにくいエイズの問題。
エイズに向き合う人の存在は直接的な姿形ではなくて、何かの媒介を通じた気配として伝わる。
それは緩やかなコミュニケーションのあり方を、表現してみるとこんな雰囲気を持つのではないだろうかと考えてデザインした。