[040]「人は誰かの前で常に何かを演じて生きている。その壮大な演技の総体が人間である」
「まなざしのデザイン」第7章 場を組み替える P175

たとえ3歳の子供であっても
お母さんの気をひきたくて
怒ったフリや泣いたフリをするそうだ
人は一人でいる時に演じることはしない
演技とは誰かのまなざしの前で行われる

私たちが自分を演じるのは
誰かとコミュニケーションするときだ
相手に映る姿をデザインすることでもある
職場と家と友人の前の自分を見比べると
顔のつくりは同じだが見せる貌は異なる

なぜ私たちは演技をするのか
それは人のまなざしに映る自分を
私たちはとても気にしているからだ
相手によって自分の見せる姿が変わるのは
置かれた環境との関係性によって導かれる

演じることは人にとって本質的で
アイデンティティに関わっている
私たちは自分が演じているものに影響される
あまりにもその演技が長い間繰り返されると
自分が演じているのかどうかがわからなくなる

演じていることを自覚できていなかったり
器用に演じることができなければ
苦しくなることもあるだろう
しかしそもそも自分というのは
誰かとの関係性の中で現れるものだ

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