百葉のまなざし 076/100

[095]「私たちは多分に精神的な生き物であり、誰かと繋がっているという感覚を持たないと生きていくことができない」
「まなざしのデザイン」第11章 異なりを結ぶ P253

私たちはすべからく孤独であるが
それは断絶を受け入れられない心が生む
母のおなかの中で眠っているときは
あらゆる肉体的なものを母と共にしている
だからそこには孤独はないのかもしれない

しかし私たちは生まれ落ちた瞬間から
物理的な断絶を強いられてしまい
ひとつの個体としての生が始まる
だから私たちはそもそもはじめから
孤独とともに歩むことを背負っているのだ

もし孤独を感じないという人がいれば
その人はうそをついているのか
あるいは断絶の感覚に気づいていないか
それとも断絶を受け入れて克服したのか
そのいずれかに当てはまるだろう

私たちが誰かとのつながりを求めるのは
無意識の奥深くにしまわれた記憶の中に
母とつながっていた心地よい感覚を求めて
断絶した距離を埋めようとするからである
しかし体の距離を埋めるのには限りがある

だからさまざまな言いわけを用意して
せめて互いの心だけでもつながっていると
思い込むことで断絶から目を背ける
しかし断絶を認めて孤独を乗り越えた先に
より大きなつながりの感覚が生まれるだろう

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